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2009年03月13日

五戸 ちゃんの気になっていたこと調べてみたりするブログ甲州日記


一度みてみたいですね。


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江戸時代中期には生産力の向上から都市部では学問や遊芸、祭礼や年中行事などが活性化し華美になる傾向があり、甲斐国甲府(山梨県甲府市)の町々でも華麗な幕絵を飾った盛大な道祖神祭りが行われており、広重ら江戸から著名な絵師が招かれて幕絵製作を行っている。広重は天保12年(1841年)に甲府緑町一丁目(現若松町)の町人から幕絵製作を依頼されて同年4月には江戸を立ち、甲州街道を経て甲府へ向かった。この時の記録が『甲州日記』(「天保十二年丑年卯月日々の記」)で、江戸から旅した際に道中や滞在中の写生や日記を書き付けたもので、現在の八王子市から見た高尾山、甲府市内から見た富士山や市内の甲斐善光寺、身延町の富士川など各地の名所が太さの異なる筆と墨で描かれている。

日記によれば広重は同年4月5日に甲府へ到着し、滞在中は甲府町民から歓迎され句会や芝居見物などを行っている。日記は一時中断して11月からはじまっており、この間には暮絵は完成し、手付金は5両であったという。幕絵は東海道の名所を描いた39枚の作品で、甲府柳町に飾られたという。日記の中断期間中は幕絵制作に専念していた可能性や、制作のためにいったん江戸で戻っていた可能性などが考えられている。広重の製作した幕絵は現存しているものが少ないが、山梨県立博物館には2枚の幕絵が所蔵されており、甲府市の旧家には下絵が現存している。

また、幕絵以外にも甲府町人から依頼された屏風絵や襖絵などを手がけており、甲府商家の大木コレクション(山梨県立博物館所蔵)には作品の一部が残されている。

引用『ウィキペディア(Wikipedia)』